流浪の民 私の思い出の一曲

湘南混声合唱団機関誌に投稿(2005.02.07)

  私の思い出の一曲、それはシューマンの「流浪の民」です。 小学校六年の時、多分私が歌った始めての本格的な合唱曲でした。  今の学校ではあまりやらないみたいですが、当時は毎年あった学芸会での取り組みです。
  指揮は担任の水野先生、ピアノは齋藤先生、ソロもそれぞれ同学年の担任の先生方の総出演でした。  あの曲の魅力の一つは中間部、4人のソリストが次々と転調しながら歌うところですが、最後のどっしりしたバスの先生の声には、いつも惚れ惚れしたものです。

  私の居た長岡市は3年前にB29の大空襲にやられ焼け野原になってしまいました。 友達もたくさん失いました。  その後あちこちでお世話になりながらの引越しと転校の繰り返しの生活が終わり、ようやく落ち着きかけた頃でした。  雪国なのに校内では皆裸足、体操の時間、「前へ倣え!」をしてふと見ると前の友達のシャツに虱の行列が見えたりしました。  「流浪の民」の名訳は石倉小三郎による格調高いものですが、「東空の白みては」が「虱居ては」と聞こえ、「慣れし故郷放たれて」に「洟垂れ」の仲間を連想したものです。

  ところで元の詩はシューマンが良く歌をつけたガイベルという人のものです。  のちにドイツ語をかじるようになってから訳してみると、流浪の民ジプシーにあこがれて歌っているのではないようです。
  眼をらんらんと光らせ、波打つ黒髪を蓄え、ニル(多分ナイル河のこと)の聖なる洪水にしゃぶられて、南国スペインの灼熱に焼けた肌を持ち....と、自分達とは違った異様な人々として表現しています。  ジプシーは中世に北インドから出発し、今はEU圏内中心に無国籍集団として数百万人いるそうですが、エジプトを通過したグループもあるとか。
  学芸会がどんな出来であったかは、もう忘れて思い出せませんが、あの我々の郷愁を誘うようなメロディは事あるごとに脳裏をよぎります。

  一曲というタイトルですがシューマンについてもう一つ追加させて下さい。   長じてから10年ほど在籍した東京混声ジュニアの時代、教えて頂いた数多くの中に、小品ですが珠玉の一曲があります。 「ロマンスとバラード」より「ジョン・アンダーゾン」。
      〜今もかわらぬ恋人なの、命さえも誓った恋、すんだひとみ昔のままなの〜
  歌詞もいいが音もクラスターが繊細に続き、歌うとゾクゾクっとします。  もしも曲をご存知なかったら、私のホームページでMIDIを紹介していますから、聴きにおいで下さい。(宣伝でごめん)

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